最後のフィルム世代より

終わりが来る前に、まだ出来る事がある。

021.ワンダーラストが、まだ遠くで呼んでいる

土曜日、僕は大井町へ向かった。
そこにある一軒の店が目当てで、用事が終わればもう用はない。
30分ほどで事は済み、僕は店を出た。時間は一時半過ぎ。
小腹を空かせた僕はどこかでメシを食べて帰ろうと思った。

それが短い旅の始まりになる。


とりあえず僕は駅前商店街をフラフラしてみた。
大井町の駅前は昔懐かしい感じの商店街と路地が並んでおり、
ひとたび路地裏へ足を運べば飲み屋や小さなラーメン屋が軒を連ねていた。
漂ってくるうまそうなラーメンの匂いに小腹が鳴るのだが、
その時の僕は『今日はラーメンじゃない。今日はそうだな、天ぷらとかがいいな』と、
腹の都合なんて露知らず。食べたいものが決まるとなかなか覆らない性分だ。

そのまま路地を抜けると、京浜東北線の線路脇の道へ出た。
その道にも沢山の洋食店が並んでいたのだが、それも華麗にスルーし、
気がつけばどんどん店は減って行く。ついには住宅地になっていた。

『こうなったら、品川まで歩こう。あの辺りならうまい店が沢山あるに違いない』

そう決意し、歩くスピードを早める。寒いと思って着てきたコートはとっくに脱いでいた。
途中交番で道を聞きながら、開東閣の外周の道を無心で歩いていた時だった。

「あれっ? もしかして?」
「へ?」

ふと顔を上げると、ポニーテールにメガネを掛けたの女の子が、
僕を見てびっくりしていた。後ろにはご家族らしき人が二人。
驚かれても、困ったのはこっちである。

「あれだよね? 情デの、あのサークルの…」
「あ、ああ! 芸学の!」

そうだった。その女の子は大学時代の同期だった。
同期といっても学科は違うしロクに話もした事がない子だった。

一体どれほどの確立なのだろうか。
大井町でご飯を食べ損ね、品川駅へ歩いて行く事を思い立ち、
そこで何百人といる大学の同期の中の一人と偶然にもすれ違うのは。
僕が大井町から品川まで歩いて行くつもりだ、と答えた時にその子はひどく吃驚していた。
その表情は最近だとあまり見かけないくらい、絵に描いたような顔で印象的だった。

結局その後僕達は適度に話を交わして別れた。
僕はその足で、結局銀座まで歩いて行ってしまった。勢いは恐ろしいものだ。
月光荘のスケッチブックを2000円分も買い込み、そしてカツカレーを食べた。
天ぷらはどこいった、と自分でも思う。でも8km歩いた後のカレーはすごい美味かった。
なんとも不思議な、それでいて満たされた休日だったと思う。


その後聞いた話で、彼女は病み上がりで養生の為に散歩していたのだと聞いた。
とてもそうには思えないほど元気そうだったので、ちょっと驚いた。
次に会った時は腰を下ろしてコーヒーでも飲みながら、話をしてみたい。