最後のフィルム世代より

終わりが来る前に、まだ出来る事がある。

032.なぜか、今日は殺人なんて起こらない気がする

自分でいうのもなんだが、
僕はそれなりに本を読む読書家だと思っている。

そりゃあ、世の中には一日一冊、必ず本を読む人もいるだろう。
僕は一ヶ月に数冊読むくらいだから、それに比べたら全然だ。
だけど本を読んでるんだから読書家といっても差し支えない筈だ。


僕が好んで読む作家は、椎名誠先生だ。
有名どころでいえば『岳物語』や『赤マントシリーズ』だろうか。
僕は氏の自伝、エッセイがたまらなく好きなので、
『赤マントシリーズ』はブツブツとはであるが、それなりに読んでいる。
自分でも不思議なのだ。書店に行ってとりあえずする事は、
各出版社で椎名誠先生の書籍を探す事なのだ。
なんせ新刊情報なんてものをロクに見ない男である。
ぶらっと見て新しいのがあれば心躍る。
しかしいざ買ってみると、もう随分前に読んだやつだったりする。
まぁそれくらい色んな椎名誠先生のエッセイを読んできた。

一番最初に読んだ本は『ハーケンと夏みかん』という、
シーナ少年が沢野ひとしと山登りに初めていった時の事から始まるもので、
僕は部屋の片付けをしている時にそれを見つけた。母が昔読んでいたものだった。
当時暇な時間を持て余していた僕はそれをなんとなく読み始めた。
椎名誠先生のエッセイの文章は、かなり砕けた調子で書かれている。
そしてその中に氏独特の言い回しがある。
「ドウダドウダ、モンクあっかコノヤロ」みたいな、こう、上手く伝えられないけど、
居酒屋で絡んできた酔っぱらったおっちゃんのような言い回しが多々あって。
僕はそれが、人間味溢れていてイイナァ、と感動すら覚えたのだ。
他の、文章然とした作家達のエッセイにはない魅力がそこにあった。

また、氏のエッセイはとにかく食べ物の描写が多い。
キャンプにいってチャーハンを食う、離島に行って釣ったカツオを食う、
一冊のエッセイでは半分くらいを『モヤシをいかに上手く食うか』を語っていた。
その書き方が、やっぱりこっちもかなり乱暴かつ砕けていて、
でもそれがそんじょそこらのグルメ雑誌の紹介の仕方よりもリアリティがある。
「ゆでたパスタにショーユとバターを放り込んでかきまぜて」の、
醤油をショーユと書いている部分に、その魅力が詰まっている。

思うに、食べ物の描写が上手い作品に出来損ないはないと思っている。
それはエッセイ、小説、漫画、映画、全てに共通している。
スタジオジブリの「天空の城 ラピュタ」で、
ドーラが山のような料理を乱暴に食べているシーン。
正直お世辞にも綺麗とはいえないんだけど、すごい美味そうに見える。
最近ならドラマ「孤独のグルメ」だろうか。
あれは食べるという事にひたすら重点を置いたドラマだ。
ただ一人の中年が、一人で悶々としながらメシを食う。
ただそれだけなのに、下手な恋愛模様を描くよりも吸い込まれてしまう。

それはストレートに、食欲という人間の欲求に働きかけてきているからだろう。
かといってそれ以外のシーンが乱雑で読めたり見れたりしたものではない、
という事もない。あくまでも食事はシーンのひとつであり、全体を見渡した時、
そのシーンが他のシーンを際立てる丁度良いエッセンスになっている。
そういう文章を上手い事書ける人は、やっぱり文才があるのだろう。

明日から、村上春樹を読んでいきたいと思う。
今まで一度も読んだ事はないのだけど、食事のシーンがとても良いらしいから。
そんな理由で本を読み始めるのも、決して悪くはない。