最後のフィルム世代より

終わりが来る前に、まだ出来る事がある。

071.僕の住む街

書きっ放しでほったらかしになってた文章があったので、とりあえず残しておく。




前日の仕事の疲れを引きずったまま、深夜のテレビを見ながら眠りについたのが恐らく四時半。

気がつけば時計の針は真上を指していて、窓からは白い光が差し込んできていた。

寝過ぎは身体に悪影響を及ぼすらしく、肩はひどく重たい。

ソファーに放り出していた眼鏡のレンズを拭き、もぞもぞと動き出す。

昨日はバイト先の友達と隣町の居酒屋で三時間ほど話し込んでいた。

彼女は眼鏡屋で働いているのだが、僕は初めて眼鏡のレンズはプラスティックで出来ているという事を知った。

昔はガラスだったそうだが、やはり重さがネックとなり今はほとんどの眼鏡のレンズにプラスティックが使われているそうだ。

プラスティックといって、ぱっと思いつくものといえばやはりペットボトルだろう。

あのベコベコと凹む頼りない容器が、形を変えて今自分の目の手助けをしてくれていると思うとなんだか不思議な気分だ。

シャツで軽く拭った分厚いプラスティックはある程度の透明度を取り戻し、僕の外骨格と化した。

とりあえずつけっぱなしのテレビを横目に着替えを済ませる。

それから電話の子機の横に置いておいた小銭入れとキーケースをポケットに入れ、ヘッドホンから音楽を流しながら家を出た。

我が家は坂の上にあり、その坂の勾配は十年前、まだ小学生だった自分にとってはもはや壁だった。

今でこそ歩くことが趣味になり、坂を上ることもそこまで苦ではなくなったものの、

時たま自転車で転がり落ちるように下る時の恐怖感は拭えないままだ。

その坂をゆっくりと歩いて下り、十字路を越えて駅の方へ。高架下を抜けて右にしばらく歩くと駅の改札南口に出た。

決して都会ではない地元の町だが、某有名国立大学があるせいか活気には満ちていた。

駅からは三方向に大きな通りが延びており、とりわけ真ん中に位置する「大学通り」は、

その名の通り、国立大学に行くために学生たちが多く通行する道だ。そのため飲食店を始め、本屋、携帯ショップ、

雑貨屋その他もろもろが集中している。恐らくこの町を訪れた半分以上の人がこの通りを歩いていくのだろう。

多くの人が南へと歩いていく中で、僕は南西の方角に延びる通りへ入った。

こちらは「富士見通り」といって、晴れていれば道の延長線上に日本の代名詞的存在である富士山を望むことが出来る。

こちらも有名私立小学校の通学路になっているため、大学通りほどではないがそれなりに発展している。

特に喫茶店、飲食店が多く、どこを覗いても人がいないということはまずない。

ここまで語れば、残る一本の通りの話をするのが定石だ。無論、その通りに語ることはあるにはあるのだが、

上辺だけをなぞって語るのはもったいないのでこれはまた今度の機会にする。

せめて名前だけでも紹介しておくと、「旭通り」という。由来はよく知らない。

さて、気を取り直して富士見通りを進んでいく。

つい最近出来た古本屋を越え、もう十年以上やっている人気のあるベトナムカフェを越えると、

向かって右手に小さな看板が現れる。それが僕のいつもの店である。

中に入り、店長さんと奥さん(実際には結婚はされていないが、そういって差し支えない)に挨拶をし、

奥の方にある四人掛けの席へ。ここに座るのがすっかり板に付いてしまった。

ほどなく奥さんが分厚い色ガラスのコップに注がれた水と、レザーカバーのメニューを持ってくる。

とりあえず受け取るが、頼むものはだいたいいつも一緒だった。

「ケーキセットで、プリンロールありますか?」

数量限定のケーキの在庫を確認し、それをオーダーする。

限定とはいえ、時間は昼ちょっとを過ぎたくらいだ。

僕は最初に食べた時からほぼ毎回、このプリンロールを頼むようにしている。

いわゆる普通のロールケーキの真ん中が大きくくり抜かれており、そこに奥さん手作りの小さなプリンが

生クリームの蓋をされて収まっている。甘いものが好きな僕としてはこれはこの上ない至極の一品である。

またここはコーヒーも美味しい。注文が入ってから一杯ずつネルフィルターで丁寧にいれるそのコーヒーは香り高く、

また苦みも程良い心地で喉を通り過ぎていく。カップは大体が茶色の陶器のカップで、

そこにもご主人のこだわりが感じ取れて小気味良い。

やがて運ばれてきたコーヒーとプリンロール。僕の遅めの土曜日はこの二つから始まる。