最後のフィルム世代より

終わりが来る前に、まだ出来る事がある。

072.ペン先で愛を書き鳴らせ

今年は万年筆を介して、色々な人々と出会えた。それが本当に嬉しい。 昨年は万年筆の事を話せる人なんてロクにいなかったのだ。 来年もよろしくお願いします。というわけで、今年最後のブログ記事です。 JUGEMテーマ:万年筆

2013/12/29。 僕は名古屋から来ていた後輩と共に代官山蔦屋を訪れていた。 代官山蔦屋さんには今年色々とお世話になったし、インクジャーナルの事もあって、 遅めの夕飯を済ませた後の夜10時ちょっと前。僕達は文具コーナーに着いた。 後輩は、せっかく蔦屋に来たのだから何かを買うことにした。 インクジャーナルを三冊抑え(この時点で彼のインク本数はお察しである)、 そのあと一万円で買えるペンを選ぶことに。僕もその後を着いていった。 今のご時世、一万円とちょっとで買えるペンというものは沢山ある。良い時代だ。 最近ではセーラーがプロムナードという新しいエントリーモデルを出した。 (余談だが、あれが発表された時には多くの人が批判的だったのが不思議である) プラチナ萬年筆の#3776はあの金額では比較的大きな金ペンを出しているし、 パイロットにはカスタム74という多くのファンを持つ名品を出している。 舶来万年筆で一万円近くで金ペン、というのは殆どない中で、これは国産の強みだろう。 photo.jpg ※上からペリカンM400、パイロット98、M300。サイズは国産ではかなり小さいほうだ そんな中、僕が見つけて「これいいんじゃない?」といったのは、 パイロットのカスタム98だった。価格帯は先に上げたものと変わりない。 惹かれたのはそのサイズだ。とても小さく、公式データでは全長122mm。 ほとんど出る事もなく、お世話になっている店員さんも案内は初めてだと言っていた。 正直僕も初めて気付いたのだ。あんまりに存在感がないペンだった。 しかしその変わり種的なのに惹かれ、僕達は試筆へと赴いた。 僕は自分の買い物はすでに済ませていた。インク一瓶とインクジャーナル。 隣で試筆を始める後輩を横目に、僕はすでに持っている趣味文をパラパラと捲っていた。 その時だった。 「これ、ペン鳴りしますよ」 後輩がそういった。え? と思って隣を見る。 すると紙面には一本の緩急ある線と、それの周りに飛び散るインクが見えた。 呆然とする僕に追い打ちをかけるように、後輩はどんどん線を引いていく。 店内に『ピーッ』という小気味良い音が連続して響き、インクが散って行く。 僕は驚いた。店員さんも驚いていた。 興奮しながら「僕にも書かせてくれ」とペンを受け取り書いてみる。鳴った。 しかも今まで見てきた鳴りと散り方とは比べ物にならない。ほぼ確実に鳴るのだ。 僕達は店内にあるカスタム98を全て書かせてもらった。EF、F、M。全部鳴った。 「なんだこのペンは! こんなペンがあっていいのか!?」 僕は思わずいってしまった。こんなペン、本当に見た事がなかったんだ。 ペン鳴りとは、某万年筆集会の人々が作った造語のひとつだ。 ある特定角度での高速筆記時にペン先から高い音が鳴り、インクを散らすというもので その音が苦手な人はダメだが、これが出来るペンは良いペンだという人もいる。 僕が懇意にしている調整師の方曰く、ペリカンのM400の初期型が起こし易いとの事だった。 ペン鳴りの存在意義は非常に曖昧だ。 ペンとして、果たしてそれでいいのだろうか? という疑問が起きる。 僕達ならまだしも、最初に万年筆を買った人が鳴りを聴いたら故障だと思っても仕方がない。 だが僕は、調整師の人が僕のペリカンで綺麗に鳴らしをされた時は興奮したものだ。 理由はよく判らないが、あのペン鳴りこそ万年筆にしか出来ない芸当だ。 それが変なもの好きな僕の神経を刺激したのかもしれない。 今年の筆納めはこのパイロット カスタム98になった。 これだけ小さいペンを買ったのは、M300ぶりだろう。普段は買わないタイプのペンだ。 しかしこの鳴りの良さと、あの時の試筆コーナーの思い出が在るという事は、 他のタイプのペンとはまた違った魅力を、僕達だけに与えてくれるのだ。 最後に諸注意を。 ペン鳴りがする! という事で買われる方はよほどのもの好きだろうが、 パイロット社がそれを売りにしている訳ではないし、公式なものでは決してない。 デュポンのあの音と同じようなものだと思ってもらえるといいだろう。偶然の産物だ。 だからもし、これを見て欲しいと思われて、買ったのが鳴らなくても、 それは自己責任でお願いしたい。 ペン鳴りなんて単語は、僕達の中でしか通用しないのだから。