最後のフィルム世代より

終わりが来る前に、まだ出来る事がある。

070.ペリカンクソ野郎

まず一番最初に、ひどいタイトルを掲げてしまった事を謝罪しておく。 僕は万年筆が好きだ。 そして数あるメーカーの中でも『ペリカン』の万年筆に最も惹かれる。 今年の春先にモンブランの二桁シリーズに心を奪われていたが、それも落ち着いた。 気がつけば手持ちのペリカンは二桁を静かに越え、 そして毎日出掛ける際には10本のペリカンを常に持ち歩いている。 今何か言いかけた人がいるだろう。わかる、わかっている。 『そんなに持ってても使わないだろ…』 と言いたいのだろう。それは持ってる自分でも思うのだ。 だがその一日使うにしろ使わないにしろ、僕はその10本を置いて出掛ける事が出来ない。 あ、いや、嘘、たまに置いて出掛ける事はあるが…(釣りに行く時とか、まず使わない時)。 それは常用品である、という事よりもそれに対する愛着故だろう。 一本一本ごとにそれなりのストーリーがある。だから僕は手放す事が出来ない。 というわけで、久々のブログはそんな10本のペリカンを紹介したいと思う。

※注意 室内撮り故に色味調整が下手で実際の見た目とは異なる点があります  

 

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M205 ブルーデモンストレーター EF

一番最初に手に入れた万年筆。成人祝いで貰ったモノだ。 当時の僕はペリカンの“ペの字”も知らなかったのがなんだかとても懐かしい。 その時進めていた個展の絵用にと思っていたものの、フローがひどかったため、 いつしかインクを抜かれてケースに保管されていた。一時は売却も考えていたほどだ。 しかし今年の関西の旅の途中、神戸のpen and messageにて調整を受けた。 その後すっかり調子が良くなり、気軽に使えるペリカンとして現在は愛用している。 ペリカンの鉄ペンらしく、金ペンに負けずとも劣らない書き心地。 インクは神戸ナガサワ文具センターオリジナルの塩屋ブルー。

 

02.jpg M400 スーベレーン 青縞 森山EF

絵を描く為に手に入れた、最初のスーベレーンであり森山モデル。 森山モデルといえばM800の太字が有名だが、絵を描く事を考えていたので、敢て細字をオーダーした。 仕事の昼休み、ランチを抜いて大井町まで行き、ホームでインクを入れたのは良い思い出だ。 このブログでも一度、この万年筆のみをピックアップして紹介しているので良ければこちらも是非 B刻印のペン先は森山氏によってEF相当まで研がれており、細く滑らかな書き味を持っている。 その線の細さとフローの安定度から、万年筆画を描く際の利用率は一番高い。 インクはローラーアンドクライナーのシーブルー。

 

03.jpg M400SE スーベレーン 茶縞 MB相当)

新宿の中古万年筆店キングダムノートにて購入。 初の中古万年筆であり、太字の良さを教えてくれた一本。茶縞好きになったのもこれが原因。 M400SEは現行では最後に発売されたM400の茶縞だが、余節あり現在では曰付きの扱いを受けている。 M刻印が施されているが実際はB相当の太さ。M400SEはこういうペン先が多いらしい。 たっぷりとしたフローを持ち、金一色のペン先はやや柔めで気持ちが良い。 インクはペリカン・エーデルシュタインのアンバー。

 

04.jpg M800 ブルー・オ・ブルー M

M400SE購入から一週間後に、多摩センターの丸善にて偶然新品で見つけた憧れの万年筆。 発売から4年が経ち、さらに人気の高い万年筆なので、まさか新品で買えるとは思っていなかった。 当時、『大したものはないだろう』と油断していたので、あの衝撃は今でも忘れられない。 残っていたのはMとFだったので、Mを購入(Fはその後誰かに貰われていったようだ)。 無調整のMは、良くも悪くも普通に気持ちのいい書き味でスルスルとインクが出て行く。 インクはローラーアンドクライナーのパーマネントブルー

 

05.jpg M400 スーベレーン アイボリートートイズ 森山EF M400 スーベレーン 緑縞 森山B

森山さんに調整して頂いた最後の二本。緑縞はアイボリーのオーダーから30分後に再訪して依頼した。 アイボリーは軸への憧れと細字をもう一本確保しておきたくてオーダー。 青縞ほど使ってやれていないので未だにひっかかりを感じているが、こちらも細さは劣らない。 (なお、アイボリーは森山氏独自の呼び方で、正式にはホワイトトートイスなので注意) 緑縞は手紙を書く時用にと、前述のM400SEの太さを参考にして研いで頂いている。 太字故のウィークポイントの狭さがあるが、いわゆるヌラヌラを体現したペン先だ。 ちなみにこれを受け取った二ヶ月位後に、EFFのオーダーは終わってしまったのが残念でならない。 インクはそれぞれローラーアンドクライナーでフェルナンブコとビリジアングリーン。

 

06.jpg M300 スーベレーン B

現在代官山蔦屋にて購入した唯一のスーベレーン。シリーズ最小で旧天冠。 元は会社を辞めてしまう、当時の上司で入社当時もっともお世話になっていた方への、 退職祝いの候補だったのだが、試し書きしてみたところ自分が気に入ってしまった。 結局上司へはデモンストレーターとエーデルシュタインをセットで贈り、こちらを手に入れた。 小さなペン先は柔らかく、さながらスタブのような筆跡を出せる。インク吸入量の少なさが弱点か。 しかしながらとても小さいペンのくせに、立派な吸引式なのが背伸びした子供のようでなんとも可愛らしい。 森山氏もこのペンが最愛らしく、ヒュプシュと呼んでいるらしい。なんとも和む話だ。 インクはローラーアンドクライナーのオールドボルドー

 

07.jpg M400NN スーベレーン 緑縞 DEF

銀座のペンクラスターにて、モンブラン No.74を探しに行った際に出会った特殊ペン先モデル。 柔々の74を求めに行って持ち帰ったのが真逆のメーカー、真逆のニブとは変な話である。 ワーグナー界隈では(分解のし易さ故に?)名品といわれるM400NNであり、 ペン先のハート穴が二つ空いているのが最大の特徴であるDニブシリーズのDEFを備えている。 DはDurch Schreibe Spitzeの略であり、カーボン複写専用ニブだったそうだ。 非常に剛性の強いニブで普段使いには最適。また、かなりの細さで描く事が出来る。 インクはローラーアンドクライナーの没食子インクであるサリックス。

 

08.jpg M400 スーベレーン 茶縞 M

神戸で委託販売されていた万年筆。いわゆる“トータスシェル”と呼ばれる茶縞最初のモデル。 最初に上げたM205の調整中の隣にあった、委託販売品の棚にあったのを見つけたのが運の尽きだった。 購入後に突如描けなくなってしまい、セーラー万年筆は長原宜義氏とワーグナー浜田氏の調整を経て現在に至る。 M400にしてはかなり柔らかいペン先を持っており、Bとはまた違ったヌラヌラ具合。 また調整師の浜田氏いわく「ペン鳴りがし易い」万年筆である。 インクはPen and Messageのオリジナルインクであるシガー(セーラー石丸氏のとっておきらしい)。  

 

09.jpg M400NN M&K スーベレーン 緑縞 F

ワーグナー関東大会にで見つけ、即買いした万年筆。状態はニアミントだった。 前述のNN無印との最大の違いは尻軸と軸本体の段差の有無である(M&Kは段差がない)。 特定の筆記角度でスキップを起こすものの、吸引機構もしっかり生きており常用には耐える。 他細字に比べるとイリジウムがかなり少なく見えるのはM&Kの特徴だろうか? インクはローラーアンドクライナーのヴァーディグリーズ。

 

以上が僕が常に持ち歩いているペリカン10本である。 お気付きの方も、そもそもご存知の方もいるだろうが、僕は400型が最も好きだ。 最初に手に入れたM205からM400と来たので、そのせいかもしれないが、 キャップを挿した時の長さが筆記時に一番落ち着く長さなのだと思う。 フルハルターでM400をオーダーした帰り道に『ああ、M800か600にしとけば良かったかな…』 と思いながらとぼとぼ帰った記憶もあるが、今となっては笑い話だ。 400以上になると僕にはオーバーサイズなのだ。ブルー・オ・ブルーは特例中の特例。 400のサイズが一番手に合う、しっくりくる。だからこんな事になってるんだ

 

最後に補足情報として、年代順を紹介しておきたい。 基本となる縞模様は一貫されているが、その全体やペン先の形状、天冠のデザインなど、 スーベレーンシリーズは時代によって変化を遂げてきた。その違いを知るのもまた面白い。

写真をもう一度並べるのもページの長さがアレなので文字だけにとどめるが、

1. M400 茶縞

2. M400NN

3. M400NN M&K

4. M400SE

5. M205

6. M800 blue o' blue

7. M300 8. M400(森山スーベレーン)

製造年代順に並べれば、ざっとこんな感じである(上から古い順)。 面白いのはM400NN無印とM&Kの2本だろう。この二本のみ、他のものとは形が全く違う。 さらにいえばM&Kはペリカン社製ではなく、その名の通りメルツ&クレル社製。 日本からの400NN復刻を受けて作られたという万年筆なのだ。 当時のペリカンユーザーの先輩方に敬意を表したい。

これだけ持ってればもういらないだろう、と思われるだろうが、そうは問屋が卸してくれない。 実はM400NN M&KとM400 SEの間にもう一本、隠れているのだ。その名も#500。 さらに言えば廉価版である#140なんかもあったりする。 僕は別にコレクターではない(と自分に言い聞かせている)。 例えば年内に上記2本に出会ったとしよう。 その2本の書き味が悪ければ、僕は買わない。万年筆はあくまで筆記道具だ。 書く事が正しく、気持ちよく行えなければ、そんな万年筆は持っている意味などないのだ。 だから僕はネットで買う事はやめた。自分の手が納得するペンを買おうと決めた。 これから何年掛かるのだろう。そしていつ僕は歩みを止めるのだろう。

ペリカンクソ野郎の旅路はまだ終わらない。